野球と私D

今回は、中学時代の野球部の同級生について話したいと思います。 まず、田辺君(投手)は、いわゆる天才でした。練習は嫌いでよくサボったが、 才能は抜群、凄いコントロールでインコースを突き、サードの僕のところへ ボテボテのゴロを打たせてアウトを取る。1番の僕はチビでしたので、四球で 出塁し、そして盗塁(足は速かった)して二塁へ、3番の田辺君がヒットを 打って1点取る。その1点を田辺君・亀山君のバッテリーで完封して勝つ。 これが、当時の御南中野球部の必勝パターンでした。

捕手の亀山君は、温和でやさしい人柄でした。よく家に遊びに行って将棋を 教えてもらったことも懐かしいです。彼の将棋の腕前はすごいです。 何回やっても子ども扱い(子どもだったんですが、・・・)でした。 野球でよくカッカしていた僕をそのキャラクターでなだめ、平静に戻して くれました。 声もよく出し、チームメイトに的確な指示を出すよい捕手でした。

塩野君(遊撃手)は、2番だったんじゃないかなと思うんですが、打撃もなかなかのもので、よくタイムリーを打っていたように思います。

原田君は、一塁手か外野手かだったと思うんですが、記憶が薄れています。 転校生だったんですが、僕と同じく小さい身体でしたがガッツがあり、 はっきりと意見を言う人でした。

安達君(外野手?)は、逆に身体のでかい人で、気はやさしかった。 当たれば、とんでもない打球(大飛球)を飛ばしていました。

岸本先生のお陰で、これらのメンバーで玉野中学校などに、遠征(招待試合)に よく連れていってもらった記憶があります。 当時は、今と違って、色々な品(サポーターやボールなど)を記念に貰えたことを覚えています。バスに乗っての遠征も楽しかったですし、記念品や 打撃賞などの賞品も嬉しかったです。 県大会に初出場できたのも岸本先生のお陰でした。 岡山県営球場で、試合があり、緒戦で5−0で負けたのを覚えています。

夢中で取り組んだのであっという間のように感じますが。 ほんとに楽しい中学校時代の野球でした。